遠くの眼鏡


ボヤけている。あんなにクリアだったのに、腫れた瞼と乾いた空気で曇った眼鏡をかけているようだ。曇りはうまく拭えず、眼鏡は薄い膜になる。
一日ごとに薄い膜を一枚重ねて、靄が濃くなっていく。膜の薄いところしか今はもう見えない。見えないものはいつか、見えなくなったことも忘れて消えていく。消えたようになる。

曇った眼鏡をかけた彼は、そのように日々を重ねることに躊躇もなく、堂々と一歩を踏み出して行く。

その背中を私は霞んだ目をこすって見つめていた。今はもうボヤけている。

知らないでいて


「私なんかは大した人間では無いですよ。」
とゆるりと言った彼女は、
理解できない人、理解できないことに対して話すとき、見えない眉間にシワがよる。
絶対認めない、絶対許さない。嫌悪。
そんな感情をこめて、いかに彼らが正しくないかを話す。
「私以外はみんなゴミのように思っている。」
まるでそう言わないと自分が認めてもらえないとでも言うように。


どうしてそんなに否定するのかと、考えてみたが、私にはそれが「どうかこんな私を否定して」「どうかこんな私に答えを頂戴」と泣いているようにしか見えず、彼女の嫌悪を感じると時々何も言えなくなってしまう。どうして、と聞いてみる口を忘れる。感情に目を、口を奪われる。



そんなに悲しいと言わないでおくれと、悲しくなっては私もまた同じ顔をしていたのだろうかなと、彼女のいない部屋で一人ぽっかり広がった穴を見つめている。

心を奪われる


悲しかったんだ。ポツリと溢す。
今思えば。今思えば、ああもうあなたには付き合っていられない、と放り投げて、そのくせ笑顔で何もなかったようにコンニチハ、なんて挨拶してきたことに、怒ることさえ出来なくなった僕は、やっぱり悲しかったんだと思う。

僕の目にあの子は美しかった。
途方もなく綺麗な顔をして、綺麗な心を持て余しては、時折ひどく自分を嫌った。僕はそんな彼女を見るのが嫌だった。彼女は、常識にも長けて、周囲からの目にもとても気を配っていた。どう見えるか、どういう自分でいるか。時にそれは僕の目には不可解で、彼女が何を恐れているのかとうとうわからなかった。

でもそんなことはどうだってよかった。僕は、理由なんて、そんなに要らなかったよ。

涙も流さず泣いて恋を失っていくのは珍しくはないが、こんなに胸が痛いとは。初恋よりタチが悪いと思わないか。

3時間


エクレアが、冷蔵庫に入っているおとといもらったエクレアが食べたいと思って、はや3時間たつ。実際時間なんて見ていないので、本当は5時間かもしれないし40分くらいのことかもしれない。

この3時間があったらどれだけ生産的なことができたかな、と考える。考えるだけ。そんな生産的なことをする気力も、エクレアを食べる空腹も足りない。

このまま何もしないで、死んで行ったら、と考えて浮かぶのは、私を今助けてくれている人のことから始まって、私をきっと悲しい目で見ている人のことまで考える。残念なことにその人達のために頑張ろうとか、見返してやろうとか、そういった類のエネルギーは湧いてこない。

そんなに綺麗なものではないと、自分のことを少し諦めている。なんとも馬鹿馬鹿しいような。

甘えてはいけないと無理をして、甘えた結果になっている。甘えられる人がいなかったらどうするつもりなのか。
甘えられる人がいなかったらそもそもこんな自分でいられないとは思う。
そんなの分かっていながら、私の世界はこういうもので、私はこういう者で、どうしようもない。

本当にどうしようもない。




5.5畳の空間


狭い


何が狭いかって
今住んでる部屋が
狭い


5.5畳。まあ程々かしら。
しかし趣味のせいかなんなのか、
物が多いために狭い。
本、服、楽器、テーブル、ふとん
テレビ、DVD、CD、雑誌、画材
もらいものの人形、食料 etc...
物が多いのに収納がない。
そしてワンルームなので
キッチンもその中にある。


昨日からそんな場所に
引きこもっている。


とりあえず、掃除しよ。

やる気、出ないなあ。

やっぱ引きこもろう。



やる気がないと、今までの趣味も
今までの好きな音楽、映画、本
何でもかんでも全部色あせて
ただのゴミクズ。
浸りたい思い出もないとなれば
なおさら。


ゴミに埋れて引きこもろう。



あーあ。






外は雨かと思ったら、
隣の部屋のシャワーだった。